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「流石に今のは感心がならんな」
「……桂さん」
美摘がいなくなった後、不意に人の気配がして後ろを振り返ると案の定、腕を組んで睨む桂がいた。
額にはうっすらと汗が滲んでおり、手にはたくさんの和菓子が入ったであろう紙袋が携えられている。
花見をするはずだった並木道に二人がいないことを心配し、よほど必死になって探したことが窺えた。
「何があった?大方、花見をしている最中に何かあったのだろう?」
「…………」
「僕には言えないか?」
桂は目を伏せると河原に腰を下ろし、近くにある手頃な大きさの石を取ると川に投げた。
ポチャン、という音とともにキラキラと光る水面に波紋が広がる。
「……稔麿が言いたくないのなら構わんが今のままだと美摘があまりにも可哀想だ」
そう言うと桂はずっと突っ立っている吉田に目をやる。
そして、桂は目を見開き、固まった。
桂の目に映ったのは辛そうに顔を歪め、覆う吉田の姿。
「彼女を危険から遠ざけるにはああ言うしか方法がなかったんですよ……」
「稔麿……」
「彼女には幸せになって欲しい。ありふれた幸せで構わない。それが、それが、私のたった一つの願いですから――……」
悲哀と後悔に満ちたその声に桂は言葉を発することができなかった。
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