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「で、稔麿。お前はあの子をどうするつもりなんだ?」
「…………」
美摘の姿が見えなくなったことを確認すると桂は木陰に声をかけた。
そして、無言で木陰から姿を現した吉田に視線を移す。
「あの子は死よりもお前を望んでいる。あの子の願いとはいえ、僕もあの子が死ぬのは嫌だ。もちろん稔麿が死ぬのもな」
「……私だって自分の命よりも美摘の生を願ってますよ」
なのに桂さんが余計なことを言ったから、と吉田はぎろりと睨みを利かせた。
そして大きなため息を吐くと新緑の葉をつけた桜の大木を見上げた。
「桂さん。美摘のこと、よろしくお願いします」
「稔麿……?」
桂は突如、そんな頼みを告げた吉田を不審に思った。
と同時に嫌な汗が流れる。
桂の不安をよそに吉田は淡然と彼の嫌な予感の的中をその内容をもってして告げた。
「来月……風の強い夜に御所に火を放ち、混乱に乗じて天子様を奪い奉りご動座いただきます」
「何っ!?」
桂は荒々しい口調で問い返した。
吉田はあろうことか天皇奪回計画を企てているらしい。
成功すればまだ良い……。
だが……
「……失敗すればただじゃ済まんぞ?」
それこそ吉田の計画は博打に等しかった。
「えぇ、わかってますよ」
「しかし! それは無謀すぎる……!」
「桂さん」
心配のあまり、吉田の胸元を掴み、失魂落魄(しっこんらくはく)といった様子で揺する桂に彼はやけに冷静な語調で滑らかに舌を動かした。
「失敗して死んでも同胞は必ず復讐のため、維新に力を尽くしてくれると信じてます。もちろん桂さん、あなたも」
だから、死など厭わない。
吉田の尋常じゃないまでの維新への執着心についに桂は止める術を失くした。
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