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時代は明治――
ここ、木戸家の邸宅の庭では今年も満開の桜が咲き誇っていた。
どこまでも広がる雲一つない青空に桜の花びらがひらり、ひらりと舞う様が何とも美しく、儚い。
だが、邸宅の縁側にて浮かない顔でぼんやりと桜を見ている者が一人。
木戸孝允(きどたかよし)……桂小五郎が明治以降名乗った名である。
孝允は花見を楽しむでもなく、眉間に深い皺を刻み込むと、瞑目した。
たが、不意に縁側に深く腰かけていた彼に隣から声がかかる。
「あなた」
「松子……」
「あなたが私の気配にも気付かないなんて珍しいですね」
「あぁ。少々……考え事をしていてな」
孝允に松子と呼ばれた女性は木戸松子。
現代で美人で通じるような麗しさの容姿を持つ彼女は言うまでもなく孝允の奥さんである。
幕末、孝允が京で奔走していた頃から彼女は何かと孝允を助けていたのだ。
彼女は何かを察し、静かに孝允の隣に腰を下ろす。
「桜が……綺麗ですね。とっても」
「あぁ」
・・・・
「また、あの方達のことを考えていたんでしょう?」
「…………」
松子に核心を突かれ、孝允は黙り込み、組んだ手に視線を落とす。そして続ける。
「僕はあの日のことを悔やまなかった日はないよ」
孝允は隣にいる松子にさえも聞こえるか聞こえないかの小さな声を漏らした。
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