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「聞き捨てならないなぁ。私の真似はなんでだめなの?」
日溜家のキッチンはダイニングキッチンなのでキッチンからリビングが見える。散葉は顔をのぞかせて零也に視線を送っていた。
暗に「私以外にドキッとしたのかな?」と語ってくる。
「や、そ、その……………あっ! 零也くんなんて呼び方はダメです。一応お父さんなんですから」
「……ふ~ん? まぁいいや。二人とも、黒蜜きな粉とストロベリーソースどっちがいい?」
唐突にそんなことを言ってきた散葉に七海は元気に答える。
「七海、ストロベリー…!」
「手間がかからないなら黒蜜きな粉でもいいですか?」
「はいは~い。七海は一回零也くんから降りなさい。髪の毛すぐに乾かさなくてもあなためったに風邪引かないし」
「は~い…」
素直に半濡れの髪を翻して七海は零也の隣に腰を下ろした。
すぐに散葉がお盆に件のデザートを乗せて持ってきた。
「えへへ~! プリンだよ。カラメルソースじゃないのも美味しいんだよ? この前試したんだけどね」
どうやらプリンそのものも散葉の手作りらしく、日溜家のカップに入っている。七海の物にはストロベリーソースとハーブの葉。散葉と零也の物には黒蜜きな粉が乗っている。
「わ、すごい。お店とかで出そうなくらい美味しそうです!」
「ママすごいー…!」
「ふっふっふ。零也くんがいつ『僕、パティシエになりたいんです! ついてきてくれますか?』って言ってきても大丈夫なように腕を磨いてるのよ」
「……一生言わない気も……」
ともあれ、とにかく目の前に美味しそうなデザートがあるのだ。いつまでも眺めているだけではもったいない。
最初にそう思ったのは鮮やかな苺汁を見つめていた七海だった。
「いただきまーす…!」
スプーンで救う極上の宝石。恐らくは素材にまで拘っているのだろう。スプーンの上で恥じらうように震える様はとても市販のプリンになど再現できない。文字通り神の目で選び、神の感覚で混ぜ、神の味覚で確かめた至宝。
光沢はまるで皆既日食の時に僅かな時間のみ垣間見れるダイヤモンドリングのよう。
それを小さな口に頬張る。
「っ~~!」
口に広がる甘さ。それを際立たせる酸味。
それはもはや芸術の域だった。
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