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Ⅰ
授業中だ。
夏休みを目前に控え、どことなく落ち着きを無くした教室には予定を決めようとぼそぼそ囁きあう声が響いていた。
もちろん、僕も例外ではない。
「なぁ零也」
こそっと後ろから声をかけてきたのは親友の政基くんだ。
「夏休みの予定決まったか?」
「ううん、散葉さんと考えてるんだけどいまいちで…。政基くんは?」
「一応、響と山籠もりしようかと」
「やっ、山籠もり!?」
予想外の返答に思わず大声を出してしまった。
「そんな驚かなくても。だいたい響は木霊。山のエキスパートだぜ? 俺は鬼だし、その気になりゃそれなりに暮らせる。それに、山は霊力に満ちてるからそこで修行すれば効果出やすいだろうからな」
山籠もり、木霊、鬼、修行。 普通の生活を送っていればまず聞くことはないこの単語は僕の生活にとってはややこしい英語の文法なんかよりもずっと身近なことだったりする。
「そっかぁ…」
「もしかしたら近くの市民プールとかでも七海ちゃんは喜ぶんじゃないか? 下手に遠出してトラブルに巻き込まれるよりはよくねぇ?」
「それも考えたんだけど…七海って髪の色、黒くは出来ないんだよ。七色のうち一色に絞るにしても目立ち過ぎちゃうし、そもそも散葉さんがいるのに市営のところなんて行けないよ…」
「まぁ、控えめに見ても男性客の注目の的。ひどけりゃ厄介者だからな」
はぁ、と僕らはため息をついた。
たった一日出かける予定もまともに立ちはしない。
2ヶ月近い休みを乗り切るのは至難の技だ。
「まぁ、僕としては平和に過ごせたら万々歳なんだけど───」
しかしまぁ、約10ヶ月前から僕の平穏は影を潜めてしまっているわけで、今は願うことも許されないのだ。
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