託すは、未来

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「中岡さん、1つお願いがあります」 「はい?」 「どうか早々にここから立ち退き下さい」 「……へ…?」 間の抜けた音のような声が 中岡の口からもれだす。 「そ、そぎゃんこと!!わしは坂本さんの仇を…」 「中岡さん」 たしなめるように、落ち着き払った綾女の声に、パチンとその場の空気が切り替わるのを感じた中岡。 「貴方は坂本さんの残した、唯一の希望。その命、国の為、未来の為にお使いください」 少し首を右に傾けて笑む綾女の目にうっすらと見える涙。 中岡の目からは無意識に涙がこぼれ、唇を噛み締め、そのまま頭を下げた。 「わしは…いや、私は、一度…故郷へ戻ります。名を戻し、坂本さんから拝命した名を、名乗ります」 「なんと?」 「今はまだ名乗れません。名乗るに相応しくなれるまでは…」 「いつかその名を聞けること…楽しみにしてますね」 「……どうか、お元気で」 礼をしてあげたその顔に陰りはなく、残された光が小さくも、彼の中に灯っていた。 「あの…」 部屋を出ようとするその背に かける言葉も見つからぬまま 呼び止めてしまった綾女。 言葉を探す綾女に中岡は 「流れるままに生きるぜよ!」 天を指して、笑顔で言う。 「坂本さんの、口癖でした」 「っ、そうですね」 「あまりに奔放すぎて、私はいつも困らさせられたものでした」 「確かに」 周りは振り回されっぱなしだったなと、二人は顔を見合わせて笑う。 「私も…流れるままに生きてみます。今度は自分の足で」 「はい」 「流された先で、いつか会いましょう」 「はい、また…いつか。道中はくれぐれもご注意下さい」 「では」 会釈を残して、その場から中岡が消えても、綾女は頭を下げ、送り出す形のまま祈っていた。 命をかけて守られた小さな灯火が どうか、消されないようにと。 神など信じれぬこんなときに 綾女はただ、彼の身を案じた。 しかしこの日の約束は叶う事なく この日が綾女の見た彼の最期であった。 .
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