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綾女へ
おまんがこん手紙を読んどる頃には、
わしはもうこの世にはおらんち。
なーんて、いっぺん書いてみたかったち、書きゆうが、実際書いてみるとおかしな気分じゃ。
のう、綾女ーーー
薄暗い部屋の中で、手元の小さな灯りだけを頼りに坂本は手をとめることなく筆を進める。
静かな部屋の中に、小さな中岡の寝息だけが広がる。
しばらくらして坂本は筆を置き、
満足そうに、少し切なげに
その手紙を眺めてから折りたたむ。
「慎太郎、頼んだぜよ」
言いながら、坂本に薬を盛られ、ぐっすりと眠り込む中岡の懐に、書き終えたばかりの文をいれる。
「慎太郎、中岡慎太郎よ…」
優しい声で坂本は語りかける。
「おまん、後悔しとるがか?俺の、幼馴染に産まれて」
当然のように、言葉は返ってこない。
「俺の我儘につきおうて、中岡に名を改め、こぎゃんとこまで…付きおうてくれて感謝しちょる。けんど、おまんをあの世まで連れてく気はなか。最後の我儘やき、俺の希望となって生きてくんろ。……堪忍な」
『全く、あなたって人は』
そう、眉をしかめて怒る中岡が浮かんで、坂本はふっと笑みを見せた。
「さて、行くぜよ」
坂本は立ち上がると振り返ることなく部屋を後にし、真っ直ぐ堂々とした風貌で近江屋へと向かう。
ざわめく街中を歩きながら、坂本は自分1人だけか切り抜かれた空間を歩いているかのような気がしていた。
それほど、神経は研ぎ澄まされ、坂本の周りは静寂に包まれていた。
のう、綾女。
おまん、わしに聞いたことあったろ。
自分の歴史は何処までしってるか、ち。
答えは全部じゃ。
正確には、全て知ったんは、
おまんと出会ってからじゃ。
どういても、最期のページだけは開けんくてのう。
けんど、おまんと出会って
強くなっていくその様を見て、
受け止めんといかんと、思うたがや。
歴史に、抗うために。
正直、わしも死ぬのは怖いき。
けんど、これがわしの役目やと、
今は腹を括っちょる。
日本男児たるもの、
死に際まで美しくあらんとにゃあ。
綾女、希望を捨てたらいかんぜよ。
阻むものが例え、歴史でも、
わしらは負けたらいかん。
先に逝くこと、許してたもんせ。
叶うことならおまんと共に■■■■■■歴史の行く先を見たかった。
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