託すは、未来

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近江屋の2階で酒を片手に 窓から空を眺める坂本。 空は陰り、月も薄っすらとしか見えない。 坂本が酒に口をつけたとき、 階下からドタバタと足音が聞こえ、 それは次第に大きくなり、 坂本の居る部屋の襖が粗暴に開け放たれた。 「坂本龍馬、お前に天誅下す!」 言うやいなや、黒服を身にまとった男が 坂本に飛びかかる。 それを坂本はいなして蹴り飛ばした。 「やすやすと、命を差し出す気はない」 「……っ!」 一瞬怯んだ男達だったが、 5人で坂本を取り囲み一気に襲撃に出た。 坂本は応戦したが、その腕をもってしても、その人数には首が回らず、ついに腹を刺された。 ボタボタッと、血が滴る鈍い音がする。 「あや…め」 坂本は唇を噛みしめると、 叫び声をあげ、一心不乱に愛刀を振りかざした。 だが、坂本は相手を殺せない。 こんな時代でも、こんな状況でも、 殺しを良しとは、出来なかった。 人が人を殺し合う世の中はいかん。 こぎゃん狭い場所で、些細なことで 殺しあってる場合じゃないろ。 世は広い。宇宙は広い。 まだ見ぬ先に、 胸躍る出来事が待ってるがじゃ。 わしは、その世界に行ってみたい。 その世界をつくるは、 おまんの役目ぜよ、綾女。 おまんが作る未来を、 先に見に行ってくるろ。 じゃあの。 ドサッと大きな音をたてながら 坂本は壁に背を打ち付けて倒れこんだ。 口から血が吹き出す。 口だけではない。 全身、刺し傷だらけで 血がじわじわと流れ畳を染めている。 それでもまだ意識を手放さない坂本に 男は最後の一太刀を浴びせようと剣を振りかざした。 その時 「新誠組だ!中を改めさせて頂く!」 通報を受け駆けつけた原田の叫び声だった。 男は舌打ちすると、仲間に合図を出し、 窓から坂本を置いて逃げ去って行った。 坂本はそれを横目に見送ると、 ズルズルと力をなくし、畳に倒れこむ。 分厚い雲が風で流され、 月明かりが空から漏れ、 坂本を優しく包むように照らす。 綾女。 心の中で坂本は名を呼ぶ。 おまんを離しとうなかった。 どこへも、やりとうなかった。 ヒラヒラと自由にかけ、強いようで脆いおまんを、ずっと側に置きたかったがじゃ。 「私は愛玩人形じゃないの!」 そんな、綾女の声が聞こえた気がして坂本は力なく笑む。
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