とある物語

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1人の男が、鼻歌を陽気に歌いながら、寺へ続く一本道を歩いている。 その足取りはどこか軽く、今にもスキップを踏み出しそうだ。 そんな男が寺の敷地に足を踏み入れた所で、ピタリと何かを目に入れて足を止めた。 「なんじゃー…ありゃあ…」 目を細めてじっと何かを見ていた男は、ハッとした顔をして、急いでそこに近付く。 それは近付く程確かな形になる。 「おまん、こげんとこで、何寝ちゅうかや」 急いで駆け寄った男が、慎重に揺さぶるのは、袴を纏った女の子。 腰までかかるだろうと思われる黒髪が、透明な白い肌を強調している。 その女の子は、男の呼びかけに、ピクリと一瞬だけ反応を示す。 「おーい。なんぼ3月や言うちょっても、まだ外で寝るには寒いきに」 早よ起きやんか、と頬を数回叩く。 しかし女の子は、反応は示すが目を覚まそうとしない。 男は呆れてため息をつくと どうしたもんかと、その子を見た。 「これは…袴か。……まさか」 男はそう呟いた後、ちくと失礼するぜよ、と、ダランとしている片腕の袖をたくしあげる。 それに、うーん、と唸る女の子。 そして腕を見回して、 「こん子が…」 何かを見つけた後、驚いた顔から一変、悲しい顔で、男は女の子を見た。 「うおーい!寝ちゅうなら返事するぜよ」 「無理ぜよ」 深い声でズバリと突っ込みを入れられて、その男は振り返る。 「おお、慎太郎」 「おお、じゃないぜよ坂本さん。勝手にフラフラせんとって下さい」 「すまんすまん」 坂本と呼ばれた男はそう言って、悪びれもなく謝る。 「その子、どげんしちゅうですか」 慎太郎と呼ばれた男の視線が 女の子に向けられる。 「あー…うたたねじゃろ」 「寺の境内のど真ん中で?」 「そんな気分なんじゃろ。なんぜよ、一緒にしちょるかや?」 「結構」 キッパリと首を振る慎太郎に向かって、坂本は つまらんのー、とボヤく。 .
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