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坂本が、境内の中で女の子を見つけたのと時を同じくして、とある屯所では、1人の男が声をあげていた。
昔の面影を残している材木の建物は、この世界の中で、切り離された空間のように浮いて見える。
「沖田さーん?」
何度も何度もその名前を屯所内で連呼する。
しかし、呼ばれている名前の主からの返答はない。
「んー。寺にでも行ったのでしょうか…」
困ったように首を傾げる、彼の名前は、藤堂平助。
黒、と言うより藍色に近い短髪の、いかにも好青年と言った風貌だ。
「あー、煩い煩い!朝っぱらから何騒いでんだ、平助」
そう言い、頭をガシガシと掻きながら、紅毛の男が現れた。
眠りを妨げられたと言わんばかりに、げんなりとした顔を見せる。
「確かに朝ですが…もう稽古始まってますよ?いつまでも寝てないで、早く稽古行って下さい、原田さん」
「なーに言ってんだ」
眉をしかめる藤堂に対して、
気楽な口調を続ける男━━原田左ノ助
「俺は頭を鍛える訓練をしてんだよ」
「鍛えられる脳なんてないくせに…」
「何だあ?」
いいえ、と、涼しげな笑顔で顔を横に振る。
「俺、寺の方見て来ます」
「ういー。気をつけてなー」
「酔っ払いみたいに言わないで下さい!」
はいはい、と原田が手をヒラヒラと振る様子を、ため息をついて見た後、藤堂は寺へ向けて歩みを進めた。
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