とある物語

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綾女は、パニックになるばかりの脳内を整理しようと、思い出せる限りの記憶を呼び出す。 朝、いつものように朝練をする為に早めに学校に行き、道場で稽古をしていた。 そして、いつものように先輩に嫌味を言われて…。 綾女は痛む頭を抑え、記憶を辿り続ける。 そうだ。黒い布を纏った何者かが、その先輩達を押しのけてやって来たんだ…。 そして…… 「撃たれたんだ」 完全に気絶する以前のことを思い出して、綾女は慌てて右腹に手をあてた。 しかし、何も異常は見られない。 夢だったのか、と考えるが それだと今の状況は何だと言うのだろう。 明らかに周りは道場ではないし、 目の前には見たこともない男が、着物を着て立っている。 ……何故か、衿の合わせ方を間違えていて、死に装束になっているが…。 いや、そんなことはまだいい、と首を振る綾女。 「どうして車が空を走ってるの?」 それは綾女の最大の疑問だった。 目を覚ました瞬間、空を横切る車を目にし、空さえ見えない、密集したビルを見た。 驚いて何度も目を擦ってみたが 目の前の景色が消えることはなく 意識が余計にハッキリしてくる。 「そりゃ、車だから」 当然のような口調で 当然のように答えられる。 分かっていた。 何となく、そう返されるだろうことは、分かっていた。 だってどう考えても 見間違えのない数の車が飛び交っているのだから。 ただの一度の幻ではない。 「どうしよう、このまま意識失っちゃ駄目かなあ……もう考えるのも面倒なんだけど。私どうしちゃったの?……うわあ、立派な独り言じゃんこれ…」 誰に言うでもなく、空に向かって独り言を呟く綾女。 沖田と藤堂は顔を見合わせ、 首をお互いに捻る。 「ねえ、君、それ何を着てるの?」 しばらくの沈黙を、沖田が悪戯っぽい質問で破った。 綾女は、現実逃避に走り始めた脳内から抜け出せず、始め、間抜けな声を出す。 その後、弾かれたように意識を戻した。 「これ?これは袴だよ。見たことな…って近!!」 袴と聞いた瞬間に、藤堂と沖田は綾女に近寄り、その衣服をまじまじと見つめた。 その目は輝きに満ちている。 .
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