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「雨。また降ってきた。」
か細い、もう聞き慣れた声が僕の思考を妨げた。といっても本人は独り言のつもりだったのかもしれない。
「あぁ、今日もか。ほんと最近毎日だな。イヤんなっちゃうよ」
なんとなく、僕はそう言った。
「雨、嫌いじゃない。すきでもないけど」
僕の従妹、紗菜。ひと昔前に流行った癒し系といったタイプなのだろうが、幼い頃から馴染みすぎている僕に対しては、大した癒し効果を持たないらしい。
「海斗兄ちゃんは雨嫌いなの?」
僕より5つ年下の紗菜は、高校3年に上がってなお、兄ちゃんを付ける。少し子ども染みたところがある。しかも、その言葉の端々には、いまだに無邪気な純粋さが残っていた。
「いや、雨は嫌い……じゃないんだけどな、湿気が嫌かな」
春見海斗。僕。少しだけ嘘を吐いた。いや、正確に言えば嘘ではない。雨自体ではなく、雨上がりの夜が、僕は嫌いなのだ。湿気も嫌いだし、嘘じゃない。
僕が雨を嫌う理由。もう2年前の話になるか、あの奇怪な島での、あの事件。巻き込まれた、と言うにはあまりに当事者の立場だった。
意図して、忘れよう、と思った事はしかし、無かった。雨の度に思い出すのはあまり気分のいいものではないが、忘れ去ろうとする自分の存在の方が、恐らく僕には余程不快だったのだろう。
尾北守。結城咲人。忘れもしない。一年前に送られてきた、あの本も、まだ自室の本棚の最前列にある。古久根亜由の処女作。梅島館の殺人。
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