・糸、解く

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記憶を失えたら、どんなにいいか。 きっと皆、一度は思った事がある事だろう。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ Side~葵~ 私は、今日 梨乃に言った事を思い出しながら、放課後の校内を静かに歩いていた。 と、言うよりは 大樹を探している。 大樹のかばんは下駄箱付近の床に置かれていた。 まだ帰っていない。 どこに行ったのだろう。 今日は、休み明け初日。 放課後に部活動がある部はない。 昼間に比べ、かなり人気がない校内。 私は、後悔していた。 梨乃に、言った事を… 完璧に、言い過ぎた。 階段を1番下まで下り、体育館に続く渡り廊下を少し早足で歩いた。 部活のやっていない体育館は、いつもは声援が飛び交い、ボールの音や、顧問の響く声が聞こえるのに、とても静かだ。 体育館の人2人は通れるくらい開いたドアの前で足を止めた。 体育館は広くて すごくすごく広くて バスケットのゴールが何個かあり、ステージがあって…広くごく普通の体育館。人がいないはずの体育館。 その体育館の真ん中に スポットライトを少しずらしてあてられた様な、大樹の姿があった。 車椅子に座ったまま、バスケットボールを両手で持ち、ゴールを見上げる大樹の姿。 ああ、まただ。 差し込む日差しのせいで顔がよくわからないけど 一筋の涙は、キラキラ輝いていて また、泣いている。 大樹は片手でそれを拭うと、ボールをしっかり掴み、ゴールを睨みつけた。 そしてそれは、 手から離れる時の独特な音を鳴らし、宙を舞った。 そのシーンは、あっという間だったが 私にはとてもスローモーションみたいに、目に焼き付いた。 ボールは、ゴールにキレイに入る。…―パシュッという音を鳴らし、静かに床に落ちてバウンドしたそれは コロコロと私の足元近くまできた。 私はそっとボールを拾い、上履きのキュッキュッっという音を鳴らし、大樹の方へ歩いていった。 大樹もその足音で気付いたんだろう。こちらにゆっくり首を向けた。 大樹『………葵…』 ・
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