第一部:1章 港町ヴェノム

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「泥棒よぉー!! 誰かそいつを捕まえてー!」 女性の叫び声が辺りに響き渡った。 重ねようとした手を止め、ルリは叫び声のする方へと振り向く。 その時に、頭の上で舌打ちが聞こえてきたのは、気のせいだということにしよう。 「泥棒だって。どうしようか?」 「ほっとけ。俺らには関係ない話だ」 「いや……、でも」 苛立ちを隠せない様子のキアに、ルリは困ったように眉尻を吊り下げた。 誰もが泥棒を捕まえるのに戸惑い、ただただ道を開けてしまっていた。 「こっちに来るんですけど……」 「……ルリ、下がってろ」 溜め息を吐き、キアはルリを背で庇い前に出る。 徐々に怒声が着実に大きくなっていった。 次々と砦が崩され、そして、最後の砦が壊されたその瞬間、泥棒が飛び出し、立ちはだかるキアに躍りかかった。 その手には、銀色に鈍く光るナイフが握られている。 「どっけぇぇえ!!」 キアは盛大な溜め息を吐きまた、一歩と前に出た。 泥棒はキアに向って、ナイフを振り上げた。 が、 キアはサラリと避け、ナイフを持った腕を掴むと、そのまま背後にまわり捻り上げた。 すると、悲鳴と共に泥棒の手からナイフがするりと抜け落ちる。 落ちたナイフを手の届かぬ場所まで蹴ると、キアは泥棒を解放してやった。 解放された泥棒は怒りに染まった表情でキアを睨み付ける。 だがキアは、それを鼻で笑い、泥棒を見下ろすかのように口を開いた。 「俺は今、物凄く不機嫌だ。 ……だが、せめてのお情けで盗んだ物をその場に置いて、とっとと尻尾巻いてこの場から去れば許してやらなくもない」 「ほざけッ……!!」 偉そうに腕組んで言うキアに、泥棒は吐き捨てるように言い返した。 それにキアは、実に不愉快そうに眉間に皺を寄せ、顔をしかめた。 「……それは、残念だ」 何かをする隙も与えず、風の唸り声と共に、キアの上段回し蹴りが泥棒の頭に炸裂した。 そのまま泥棒は横に吹っ飛ぶと店にぶつかり、そのまま店と共に潰れて気絶した。 (……ご愁傷様) 店の者に対して、ルリは心の中で合掌した。 ふと、腕が掴まれる感触がし、視線を向ければキアが神妙な顔をしてルリの腕を掴んでいた。 「騒ぎになる前に逃げるぞ」 「……はあ」 後を着けていられるとは露知らず、2人はこの場から後にした。
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