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「ねっ!君、目が見えないんだって?」
その時暗く落ち込んでいた私にとっては、いらただしいぐらいの明るい声だった。
「そうだけど…?あなた、誰!?」
病院の個室のドアの方から、声が聞こえたから、つい睨んでしまった。
「…いいよね…君は…まだ、目だけでさ…」
彼の淋しそうな声に、私の怒りが自然に小さくなっていった。
「目だけでも辛いわ。だって、今まで見ててキレイだと思ってた物や、今まで見えてて当然だと思ってた物が、もう…もう見えないのよ!?」
「…ねぇ、もう少し明るく考えてみないかい?幸せのハードルをもう少しさげてみてごらんよ」
「…幸せのハードル?」
「そう!事故にあって不幸だ、じゃなくってさ。生きてて良かったって思わない?命だけでも助かって良かったってさ。」
彼の話し方は独特。年は私と近いぐらいの男の子の声。まるで、お伽話の語り手のような話し方。私は幸せのハードルの話をきいて、心の黒いクレヨンが、少し白くなったような気がした。
「…ねぇ…あなたは、誰?名前を教えて?もっと私と話さない?」
私の言葉に、彼は笑ったような気配がした。
「僕?僕は熊沢遊(くまざわゆとり)だよ。遊ぶって書いてゆとり。女の子みたいだろ?あんまり気に入ってないんだ。」
「そう?ステキだと思うけど…」
「うん、みんなそう言うよ。」
「ふぅん…」
「あ、そうそう…僕の病室は君の隣だから♪606!また遊びにくるよ!」
「あっ!待って!」
「なんだい?ななみちゃん?」
「あの…幸せのハードルの話…聞かせてくれてありがとう…」
「…どういたしまして。」
カタンと、ドアが閉まる音がして、遊がでていった事が分かった。ただ、ドアが閉まる少し前、車輪が回るような音がした。キィと言う、金属がこすれる音。
これが、私と遊との出会いだった。
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