第1話

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  「はあ……」    盛大な溜息が、屋内通路の中で放たれた。  その少女は、筒状に迫り出した通気パイプに寄りかかり、手に持つ小さなディスプレーを覗き込んだ。   『笠原蛍:36点――要追試』    ディスプレーにはそう記されていた。  それを再確認した少女――笠原蛍は、肩を酷く落として再び溜息をついた。    夕陽が地平線に沈む。しかしそれは偽りの地平線。と、言うのも、この都市は、大地に直接立っているものでは無いからだ。  建物は、地面に突き刺さった一本の柱を中心軸に広がった、人工のプレートの上に築き上げられている。例えるなら茸の傘の部分にビルを建てたイメージであろう。  しかし、そんな偽りの黄昏でも、人間はセンチメンタルな気分に成れるものである。今の蛍には、ビル影から僅かに漏れる夕陽は、手に拳を握るには充分な材料だった。   「バイトに行かなくっちゃ……」    誰に言うでも無しに、蛍はボソリと呟く。立ち並ぶビルとビルを繋ぐ中継通路の自動ドアに、彼女は吸い込まれて行った。   「何でも思い通りに行く能力が、有れば良いのにな……」    ドアが閉じられる寸前に、小さな少女の心の叫びは誰の耳にも届かなかった。
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