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クローゼットを開いて、上半身を中に乗り出す。
腰まであるタンスを通り越して、クローゼットの奥に触れる。
指先に当たったのは、いつも通りの壁の硬さ
当たり前だ。
それでも飽きずに、指を壁づたいに走らせて探す、探しても、何も、
ない。
伸ばした指と乗り出した上半身を引っ込め、2歩だけ下がる。
ゆっくりと後退して、クローゼットの折り戸をしめる。同時に温度のない溜め息を深く吐いた。
「ああ、…ああ、ああ!」
感嘆なのか、それでもやはり抑揚のない無機質な嘆きを繰り返す。
彼女の黒いプリーツスカートは体の動きに合わせて、ふわりと浮かんでは翻った。
机の上に散乱したノートにペンに、
それらを態とかき乱しながら、目当てのひとつを掴み取る。
カチカチカチ、普段使うより長くカッターの刃を伸ばして見つめる。
哀れな普通の女になるのは終わりだ。
これからは、
狂った女を演じてやろう。
「もう、いいよ。」
振り上げた右手を左腕に振り下ろす。
何度も何度も引き抜いて突き刺した
錆びかけた茶色混じりの刃は、真っ赤に濡れてテラテラと光る
「う、…ああっ!」
冷や汗が背中を濡らし、引きつるような激痛が体を支配する
左腕以外にも全身を切り刻まれてるようだ。
それでも、休むことなく右手を往復させた
ここで止めたら、何かに負ける気がしたのだ。
「ひっ、い、たい…いたいいたい痛いよお」
ガクガクと震えて使いものにならない膝を曲げて、赤い斑点が広がる床に座り込む。血液で滑るカッターを足元に叩きつけ、返り血がシャツを肘あたりまで赤く染めた右手をゴトリと垂らす。
既に全身に力は入らない。
何度も抉るように貫いた左腕は、血に覆われていても分かるぐらい凹凸が酷く、シャツの繊維が所々に腕に絡まったり、傷口に入り込んでいたりした。
彼女はそれを自嘲気味に眺め、無声音で「ハムみたいだ」と呟き笑った。
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