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(くだんね。)
周りから鼻を啜る音が聞こえる中、私はただ前を見ながら欠伸を噛み殺していた。
3月1日、公立高等学校に通う私は卒業式を迎えていた。
『これで卒業式を終わります。卒業生の皆さんはプラカード係りに続いて退場して下さい。』
司会の教員の言葉通りに立ち上がり体育館を後にする。外では在校生や保護者が校門まで続く道に並び花道を作っていた。
それに一瞥だけして、人だかりを背に校舎の中に入った。
人気のない廊下を歩き、美術準備室に入る。
「卒業生がこんな所にいて良いのか?」
自分の荷物を確認して、掛かった声に振り返った。案の定、扉に寄りかかって立っていた美術教員。
「それはこっちの台詞ですけど、先生と別れの挨拶したい生徒が沢山いると思いますよ?」
「ん、まあな。」
苦笑を零す相手から視線を戻し、肩に鞄をかける。
「帰るの?」
その言葉に口を開けば、代わりとばかりに携帯のバイブが静かな教室に響いた。
「出ないのか?」と暗に促され、溜め息を飲み込んで携帯を開いた。
「はい。」
『もしもし?何処にいるの?』
「あー…美術準備室。」
『はあ?なんでそんなとこ居るわけ?早くこっち来なよ!写真撮るから!』友達である彼女の電話ごしの口調に、苛々としながらも、それを押しとどめ、返事を返す。
「ごめーん。疲れたから先に帰るわー」
『何言ってんの!待ってよ、写真撮るんだから』
「私、写真苦手だから。」
『良いじゃん、1枚だけ!』
「嫌だよ。ごめん、バイバーイ」
少し強引ながらも切る。
湧き上がる不快感を、溜め息に変えて深く吐き出した。
「可哀相に、写真ぐらい良いだろ?最後なんだから」
会話を推測したのか、教員は軽く息を吐いた。
それに応えずに、荷物を纏めて持つ。扉の側に立つ彼を見て先の言葉を反芻する。
(そう、だね。どうせ最後なんだし)
最後ぐらい、ほんの一部を見せたって問題ない。明日からは何の関わりを持たないのだから。
そう自分で完結したと同時に、己の表情が冷たいものへと変わっていくのが分かった。
「アンタに関係ないでしょ。」
目を細め睨む。
驚いた表情から視線を逸らし、早足で教室から出た。そしてそのまま裏門まで
途中、友達から再度電話がかかってきたが無視。そのままポケットにつっこんで触れなかった。
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