魔贈獣の姿

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更夜は薄く目を開け、目の前の光景を見据えた。 妖魔達が更夜を見下ろし何度も転がした。 息が詰まった。咳き込めば血が吐き出された。 「シドさ…」 更夜は呟いたが、シドは遠くに倒れたままだ。 だが彼の魔力石はまだ光っている。 それで生きていると確認して、また更夜は妖魔に転がされた。 空間は案外静かだった。 自分の息の音や水の揺れる音以外、何もしなかった。 妖魔も喉を鳴らしてはいない。 ーヘブ達は大丈夫だろうかー 更夜は静かに思った。 ー成來さんと千歳さんは何をしているのだろうかー もう誰の声もしなかった。 成來の話は楽しかったな、と更夜は唐突に思った。 ーアリアさんにお礼言ってないや… 神楽と小太朗に謝らなきゃー 「……い…きガク… ち…さなてで…にぎ…ておくれ…」 声は突然聞こえた。 更夜は目を強く開いたが妖魔達には聞こえていない様だった。 ー無事か?ー 声と共に心へと言葉が流れた。 それはヘブとの通信に良く似ていたが、何かが違う。 「希望を抱け 眠る坊やよ お前の声は 未来の証」 ー陣は後少しで壊れる。早く無事をー 次ははっきりと聞こえた。 これはガクの声だ。ガクの歌声だ。 「幸せになれ二人の坊や お前の歌に 愛を奏でよう」 ー早く何か言ってくれ!ー 彼の歌は心地良かった。 その間も更夜は妖魔に転がされたが、痛みは感じなかった。 ー歌わなければー 何故か更夜はそう思った。 彼の声に触発されたのではない。 歌が通信手段だからだ。 声が出ればどんなに良かったろうか。 咳きは止まらなかった。鉄の味が広がり、息をすれば喉が酷く熱かった。 「愛しきガクヤ 小さな手で握っておくれ」 『笑っておくれ』 また突然、女の声がした。 誰だかは分からない。ガクの意識ではない事は確かだ。 ー誰?ー 『笑っておくれ、私のアリロール』 ー誰なの?ー 更夜は目を閉じた。 女の声は寂しげだった。 涙が流れた。だが温もりのある声なのだ。 『もう歌えなくてごめんね…』 ー歌?ー 『でも忘れないで。お前は希望の子なのだから』 ー誰?ー 『お願いだから、幸せになっておくれ…』 「待って…!」 女の声を追う様に更夜は手を伸ばした。 しかしそれは妖魔によって弾かれた。
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