夢のあと

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1年前と何も変わってない校門前にはまだ人影はなかった。 ため息を吐くと、白い息が冬と春の間の不確かな空気に溶け込んでいく。 ホットの缶コーヒーを自動販売機で買い、空いているベンチに腰掛け、自動車の流れを目で追う。 免許を半年がかりでとった田原雄二にとって自動車は既に自由の象徴ではなくなっていた。 とはいえ、慣れれば楽しめるのだろうと思うようにしている。 が、大学1年で免許を取得したところで、自由に乗り回せる訳ではない。 帰省はしたものの、道が凍っていては、素人にはキツい。 大学で恋人ができた。 10月の半ばから12月まで付き合った。 結局、その恋人とは別れた。 キスはおろか、手さえ繋がなかった。 1年前と変わらない風景は、1年前と変われない自分を笑っているように田原には思える。 まだ少し残る雪は土に汚れている。 すっかり慣れた苦味が口の中いっぱいに広がる。 コーヒーに慣れたということは多少は大人に近づいたのかもしれない、と田原は思う。 大人の具体的な尺度がないのだから、一般的なイメージを参考にしなければならない。 大人な対応をする大人も、時に子供になる。 コーヒーの苦味に慣れたとはいえ、ブラックでは飲めず、砂糖とミルクを大量に投入する時点でまだ子供なのだが、それについては考えないようにしていた。 大人でも大量の砂糖とミルクを投入してコーヒーを飲むことはあるし、高校生でもブラック好きはいる。 要は、コーヒーを楽しむか、目覚ましの薬として飲むかの差で、田原は後者だった。 どちらがより大人の飲み方なのか知らない。 まだ酒は飲んだことがなかった。 サークルに入らなければ当たり前なのだが、両親は多少は付き合えるようになれという。 家族を見ていれば酔いたくなくなるから、田原は飲まないようにしているのだが、その事実はどうやら伝わっていないようだった。 1年前より痩せた体には、冬の寒さを引きずった風が冷たかった。 ダウンの襟元に顔を埋めると、焦げたようなにおいに混じって、ほんのり甘い香りがした。 夢の時間に田原は身を委ねることにした。
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