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「今失礼なこと考えてるでしょ?」
鋭い声で言った水野が顔を近づけて来る。
甘い香りが鼻をくすぐり、田原は改めて水野の顔を見た。
中学生の頃から、かわいい顔をしているとは思っていた。
ただ、彼女が日常の挨拶と同じように「好きだ」と言うから、異性として意識することが少なかった。
仮に彼女がもう少し恥ずかしがりやなら、彼女を好きになっていたのかもしれない。
そう思わせるほど今の水野は魅力的な雰囲気を持っていた。
大人の雰囲気というものかもしれない。
年齢的には大人になっても、家族に養ってもらっている自分は、まだ子供なのだ、と田原は痛感した。
水野は、自分の世話だけなら1人で出来るのに、田原にはそれは出来ない。
「全然考えてないけど」
と応じた田原に「そんなに見ないでよ」と嬉しそうに水野が応じた。
「何が?」
と言った田原に「ごまかすなよ」と田辺が冷やかしの声をあげたので、とりあえず彼の足を蹴っておいた。
痛みに悶絶する田辺を何人かがからかい、その様子におかしそうに笑う水野の横顔に、見とれてしまいそうになる自分が分からず、田原は田辺に目をやった。
「大学って楽しいの?」
笑いを引きずった声で水野が言う。
「まあまあ、なのかな」
と言った田原に「楽しくなると良いね」と水野が続く。
「うん」
素直に頷いた田原に「子供みたい」と水野は笑い「まだ未成年です」と少しムッとしつつも田原が応じた。
「それもそうか」
と寂しげな水野の声が言い、思わずそちらを見た田原に「相変わらず優しいね」と水野がにっこり笑った。
なぜ、そうなるのかを聞こうとした田原を遮るように水野がカラオケに行こうと提案し、同級会はお開きになった。
男子は男子でボーリングに向かうことになった。
そこでガーターを大量に生産してひんしゅくを買ったのは忘れてしまおうと、田原は思う。
電話帳の中で一際輝きを放つ『水野由貴』の名前を選択し、メールの作成場面まで開いた田原は、最初の一文を打てず、乱暴に携帯電話をたたんだ。
同級会の後、野々村の彼女から、野々村経由で水野由貴のメールアドレスが送られて来た。
そのメールアドレスに自分の名前を打ち込んだだけの無愛想なメールを返してからというもの、他愛もない内容のメールのやり取りを時々水野とするようになった。
嫌われてはいない、と思う。
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