遠い足音

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チャイムが鳴った。 満足のいく出来とはいえないレポートを眺め、相変わらず汚い字だな、という感想一つを紡いだ田原は、漸く終わった試験期間の最後の試験用紙を手に、席から立った。 試験の後の特有の開放感が支配する教室を足早に歩き、教卓に試験を提出した。 さて、これからどうしようか?と少し考えてから、取りあえず、今日の夕飯は買った物にしよう、と決めた。 四階建ての古い校舎の最上階の教室から通じている廊下には壁が無い。 夏は暑く、冬は寒風がもろに吹き付けてくる。 何故こんなデザインにしたのか、と疑問に思いつつも、いつも使っている駐輪場に近い方の階段のある、東側の校舎に向かった。 ズボンのポケットに入れておいた自転車の鍵をとりだす。 鈴の音が鼓膜を擽るように小さく鳴った。 誰も居ない廊下を一人で歩く。 窓から昼下がりの気怠そうな光が差し込み、廊下に日だまりをつくっていた。 その淵は、少しだけ強く光っている。 この光の水溜まりに船を浮かべたら、どうなるのだろう?という考えが突然浮かび、田原は口元を歪めた。 少し、センチな気分になっている。 せっかく試験が終わったのだから、もっと元気にはしゃいでも良いのに、はしゃぐ相手が田原には居ない。 さっさと家に帰って、無言のままにモニターの中の世界で生きる以外にする事もない。 自分は、と田原は思った。 これからの学生生活で何を得るのだろう。ひょっとしたら、失う物の方が多いのではないか。 携帯電話がズボンのポケットの中で震えた。 誰からだろう?と思い携帯電話を開く。 久しぶりに見る水野美貴の名前が、色の無い廊下に、色をつけてくれたような気がした。 空になったトレイをごみ箱に捨て、こたつに胸まで入る。 『春休みは帰って来るんだよね?』 という水野のメールに『まるっと帰る予定』と返信しようとして、見栄でも良いから何か予定を付け加えようか、と考えた。 結局、何をしてもせんないだけだ、と思い直し、そのまま送信する。 携帯電話を脇に置き、読みさしの古典的SF小説を手元に引き寄せた。 どうでも良い事だが、海外ではSFはサイフィーというらしい。 エイリアンとのファーストコンタクトに戸惑う地球人と、水野美貴とのやり取りに四苦八苦する自分が重なり、なんだか情けない気分になった。
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