レールの外を魔女は飛ぶ

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 娘が息を喘がせ足早に路地を歩いている。 ただし街の中心から離れ、電気灯のない暗がりにあって全身を外套に隠していては小柄というだけで女ということまでは傍目にわかりづらい。 まっすぐの広い道を右へ折れ左へ折れして家々の窓を避け光を嫌っていては尚更だ。    外套の合わせ目からあふれる赤毛はよく手入れされていて癖は無く、時折覗く手や足首はわずかな月明かりを受け肌が光を発していると錯覚するほどに白く細い。 一見して確かな出自を見て取れるか弱い娘だ。    しかし彼女が怯えの滲んだ茶色の瞳で夜道を隈なく突いているのは、夜盗や狼藉者を警戒してのことではなかった。    野良犬に脅かされ心細さに肩を縮めながら、娘は自らに言い聞かせる。 例え善人であっても姿を見られるわけにはいかない。 性別や金よりも大きな“狙われる理由”が知られてしまうからだ。    人の目と光を避ける為に気を張り詰めていたせいで娘はひどく疲れている。 闇に紛れ、外套の色が浮かびあがらないよう注意する必要があったからだ。 彼女の身を包む青の外套こそがここ“イングランド自治区”では攻撃の対象と成り得る。    足元に煉瓦の舗装もなくなり家並みもまばらになってくると、警戒心を緩めた娘の肩から強張りが抜けた。 ふうと息が吐かれ肩が落ちる。    不意に足元、月明かりによって照らされた剥き出しの地面の上を影が走り抜けるのを見て、娘の顔が真上を向く。 真円の月に小さな影が重なっていた。こんな夜更けに鳥でもない。 大きな模造の、郵便配達のシンボルであるホルンにまたがった交信局の理法使いだ。    娘は自分が危険な状況に置かれている責任を、頭上を飛ぶ誰かに転嫁して奥歯を噛んだ。  
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