姫君への憂鬱

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 魔王が目を覚ますと、あたりは白簿に包まれていた。 夜明け――ことに、太陽は魔族にとって大敵である。 魔王は慌てた。  相変わらず塔の上の窓からは蝋燭の灯りが漏れている。  魔王は意を決して今度は塀をちゃんとよじ登った。 「くっ……ここの……警備はなんて、なんて手薄なのっ」  うさぎの着ぐるみを着た何者かが、尻をフリフリ塀をよじ登って行くのは、不審を通り越して滑稽である。  魔王は塀を登りきり、そこからひょいと飛び降りた。  本当に軽い気持ちであった。 登りきった達成感から高い塀だという事がすっかり頭から抜けていたのである。  芝生の上に転がる鈍い音と共に、ぽきんと小気味良い音がした。 「ちくしょう、塀高すぎるよお、足折れちゃったよお、でも楽しいっいっつう!」  流石に芝生に落ちた大きな音に、警備兵が気が付き近づいてくる足音がする。  魔王は素早く折れた足を呪で直し、立ち上がると塔をよじ登り始めた。 「ちくしょうが! 太陽こわいよ、兵隊どもめ気付くなようわあーん、マーマー!」  魔王は現代の日本で最も嫌われていると思われる、古代からの虫の如く、いや、それよりも遥かに早く塔を登りきった。  窓から飛び込んだ部屋には大層美しい、金の髪をした女性が、激しい運動の為に肩で息をしているうさぎの着ぐるみに、口をあんぐりとあけていた。  魔王は女性の余りの美しさに言葉が出て来ず、どぎまぎしながらすっと右手を上げた。 「おっす、おら魔王!」  女性は何も言えず、暫くして同じく右手を上げた。 「おっす、わたし姫」  この瞬間、二人は間違いなく同類を得たのであった。
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