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思わず目を伏せた。
私の耳に届いたのは歓喜に沸き返る人々の笑い声や安堵の声だった。
私が視線を戻すと、子供は怪我することなく、母親らしき女性に抱き締められている。
私が、ヒルクを探すように視線を子供の位置から上にあげると、ヒルクは満足そうに人々の光景を見つめていた。
私はそのヒルクの姿から目を逸らせずにいた。
恐怖心ではなく、ただ純粋にヒルクの姿を美しいと思ってしまっていた。
悪魔は元々、天使だったと聞いたことがある。
邪心が生まれた、天使が神の力により遙か闇が広がる地下へと落とされたのだと、悪魔が美しいのは人間を虜にする為。
虜にして意のままに操る為に。
「そんなに見つめて俺に惚れたか?」
気がついたら、ヒルクは息がかかるぐらい顔が近づく距離に居て、私は思わず身体を逸らし、勢いよくその場に尻餅を付いてしまった。
『誰が貴方なんかに私が自惚れないで頂きたいです。それよりも、…ありがとうございます』
むっとしながら、ヒルクを見上げ、私は身体を起こそうと両手を後ろ手に床についたが、私の身体は急にふわっと軽さに包まれたかと思えば、次の瞬間には、床にしっかり足を着いていた。
そして、私の腹部から背にかけ、ヒルクの右腕はしっかり回されていた。
「契約したからな、主の願いは叶えてやるよ。
それよりも、望みを叶えた代価をもらわねぇとな」
『代価って・・まさか魂?』
ヒルクの言葉に、背筋が凍りつくような恐怖心がじわじわと蘇ってくるのを感じた。
どんなに綺麗でも、このヒルクは悪魔なのだから代価無しに望みを聞いてもらうことなどありはしない、そんなことを私は忘れてしまっていた。
悪魔の代価と言えば寿命や身体の一部や血液だと聖書に載っていたのを私は思い出した。
そして、恐る恐るヒルクと視線を合わせる。
「そんなくだらねぇもんじゃねぇよ、あんたの身体だ。
清らかな乙女の肌を汚すのは、ある意味最高の気分だからな」
私は、とんでもない悪魔と契約してしまったのかもしれない。
主よ、どうか愚かな私に貴方の加護をお与えください。
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