甘い誘い

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夢であってほしいと思った。 昨日起きたこと。 全てが夢であるならどんなに幸せだろうと思う。 有無を言わさないヒルクとの口付けの後で、満足そうな笑みを浮かべたヒルクは、紅い舌先で己の唇をなぞった。 私は残された感触を拭うように、右手の甲で唇を拭うとヒルクは、くっくっと肩を揺らし声を殺し笑う。 「さて、とりあえず俺は消える。 この場所はどうも胸くそ悪くてな。 でも忘れるなよ、お前は俺のモノだってこと。 望みがあるときは名を呼べ、俺はお前の傍にいる、お前を見てる。 もちろん代価はもらうがな」 私をまっすぐ見据えるヒルクの言葉に不覚にも胸が高鳴ってしまった。 それを見透かすようにヒルクは、私の頬に口付けをし闇の中に姿を消していった。 その場に残された私は、その日部屋を出ることが出来ず、授業もミサも体調不良を理由に休んだ。 そして、皆が寝静まった時間に必要最低限の荷物を持ち私は修道院を後にした。 悪魔と契約を交わした私が、修道院で何食わぬ顔で祈りを続けることなど出来なかった。 それは、神だけでなく皆に対する裏切りだと私は思った。 行くあてなどない私は、とりあえず街を出て、暫く歩いた先にあった小さな宿に床を構えその日は眠りについた。 夢であってほしいと願うのに、それを現実に引き戻すのは、首筋にくっきり浮かんだ悪魔の紋章。 契約者の印。 七日の契約が済んで、この紋章が、消えたとしてももう私が、再び…あの修道院に戻ることはないのかもしれない。 どんな理由があろうと、神を裏切り悪魔の誘いに身を委ねた私に、もう戻る場所はない。 ヒルクとの出逢いが、私の生活を変えた。 そして、この出逢いが未来さえ変えてしまうなんてこの時の私には分らなかった。
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