第1話

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冷たい風が突き抜ける夜の摩天楼。明るく光る街灯は空に輝く星の瞬きを掻き消している。 明る過ぎるが故に夜で有りながら鳥が空を舞う眠らない街。高層ビルが建ち並ぶビルディング街のなかでも一際高いビルの屋上に一人の男が立っていた。黒髪に黒い瞳に黄色の肌、黒い革製の衣服に身を包む典型的な日本人と思われる男。 夜風が吹き抜ける度に彼の黒髪が静かに揺れる。ビルから見下ろせば目につくギラギラとした灯り。眩しくらいに建ち並ぶ街灯を見れば、この街もまた『眠らない街』というモノになるのだろう。 男は無表情のままそのようなことを思い浮かべ、手に持っていた『マスク』を見遣る。大きな牙が一際目立つまるで『虎』か『鬼』のようなマスク…そのマスクを顔にあてがった刹那、彼の身体に異変が始まった。 纏っていた革製の衣服は黄色のカラーに黒の斑模様が至るところに走り黒い髪は瞬く間に黄金色に染まり背中を覆うほどに伸びた。首には白のマフラー、腕や足に鉄製の外骨格が装着されている。 わずか一瞬のうちに姿を怪人へと変化させた男はマスク越しに街灯煌めく夜の街を再度見遣り、笑みを零す。 数秒ほど周囲の風景を見てまわり、踵を帰すと虎の怪人はゆっくりと歩き屋上の真ん中に立つ。そして、グッと力を込め拳を握り締めた… わずか数瞬の間をおいて放たれた拳は轟音を生み出し、コンクリートを容易く粉砕していた。屋上から真下に拡がる部屋へ向かうための経路を強引に作り出したのだ… 重力に逆らうことなく落下するコンクリートと共に、怪人はビルの中へと侵入する。 これほど大胆に侵入されてしまってはさすがに警備システムも作動しないのだろうか、警報ブザーも機能を果たしていない。怪人は注意深く周囲を確認し、"目的地"を探すためにゆっくりと歩き始めた。 小さく光る蛍光灯の明かりが彼の姿をより不気味に映している…『怪人』…まさにその言葉が似合う姿だった。 歩きゆく通路の先、突き当たりの曲がり角から懐中電灯の灯りが見える。その灯りの主は間違いなくこのビルの警備員だろう。 警報ブザーは鳴らなかったにせよ、アレほどの轟音である。常識的に考えて一人くらいは異変に気付いていてもおかしくはない。 ここで姿を見られる訳にはいかない。怪人は強靭な脚力を惜し気なく発揮し天井まで跳び、常識では計り知れない異常なまでの握力をこれもまた惜し気なく駆使し天井に張り付いた。
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