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その動作は驚異的な速度で行われ、警備員が曲がり角を曲がってきた時にはすでに天井と同化していた。
昼間だったならば簡単に発見されるだろうが、天井に設置された蛍光灯の灯りも弱々しく懐中電灯の灯りも廊下を照らしているだけで天井を見る気は警備員の彼には無かったのだろう。
そもそも天井まで隈無く調べる警備員などそうそう居ないのも原因のひとつだと言えるが。
(…この先は侵入跡の穴がある…面倒がおきるまえに………消すか。)
怪人は心中で真下を歩く警備員の抹消を決意し、彼の真後ろに着地する。
「な!?なんだッ!?」
"異変"に気付いた警備員が音の聴こえた後方を懐中電灯で照らす。灯りに照らし出されたその姿はまさに異形そのもの…
「だッ誰だ!?」
警備員として、ヒトとして当たり前の反応をした彼を、一体誰が責めれるのだろうか、誰にも責めることなど出来ない。それだけに、彼の運命というのはあまりに儚く残酷であった。
腕部に装着された、まるで『虎の腕』を模ったかのような外骨格の先端から鋼鉄製の爪が伸び、瞬く間のうちに警備員の胸部を貫いていた。総ては一瞬の出来事…
「が……はっ…」
薄暗い蛍光灯に照らされる真紅の鮮血。手に持つ懐中電灯の明かりが怪人の顔を明々と照らし、静かに滑り落ちる。乾いた音が響き、虚しく転がる懐中電灯を尻目に怪人は爪を引き抜いた。
貫かれた胸部から噴き出す夥しい量の鮮血が通路の床を濡らし、真紅に染めてゆく。
(…目撃者は抹殺…想定内。任務続行…)
怪人は心中で呟くと、警備員の遺体を片腕で持ち上げズルズルと引きずりながら『目的地』を目指した。
狼の紋章が掲げられる薄暗い室内。様々なコンピュータ類や書類が並ぶ机、乱雑としてはいないが明らかに散らかっている。そんな部屋に一人の男がいた。
綺麗な紺色のスーツに身を包み、整った顔に小さな眼鏡。如何にも『出来るサラリーマン』風な男。彼はコンピュータの画面に映し出される文字を見て笑みを浮かべる。
「タイガーの完成度は高いか…さて、『伊吹くん』は上手くやれるかな?」
独白する男、他に誰も居ない部屋でありながら彼は誰かに質問するように呟く。
と…
「…自分が様子見に行きましょうか?」
彼の言葉に返答するかのように良く通る声が響いた。
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