104人が本棚に入れています
本棚に追加
纏うスーツも、靴もストッキングも、瞳の色も総てが蒼に染まる女性になんらかの不安を感じ、すぐにこの場を離れるべきだと判断したのか、若者はエンストしていたバイクを素早く立ち上げアクセルを吹かす。
「判断力もそこそこだが…コイツではないな。合格者は…」
勢い良く回る後輪が、舗装されていない道路の砂を巻き上げ煙幕のように広がってゆく最中、彼女はそう呟くとスーツの中から猛禽類を思わせる造りのマスクを取り出し、微笑みながらそれを顔にあてがった。
得体の知れない恐怖に怯えながら、若者は振り切れたのかと恐る恐るバックミラーを覗き込んだ。あれから30分以上は来た道を引き返しながら走っている。速度的にももうすぐ林に囲まれたアパート周辺である。
(巻いたか?)
安堵の息を吐きながらそう思い浮かべた時だった。突如として地面が何かに覆われたように黒く影に染まる。明らかに雲ではないそれを確認するために若者は速度を緩めずに上を見遣った。
そして、上を見たことを、見ようとした自分を彼は呪った。
「ひッ…ひぃぃッッ!?」
情けない声を上げながら若者は空を見遣る。若さ故に街に繰り出し感情の赴くままに喧嘩を吹っ掛け、その度に勝利してきたという過去が音を立てて崩れてゆく。視界に映るそれは、彼の自信を完膚なきまでに破壊した。
若者が視界に捉えたモノ、それは鋲や鎖が取り付けられた繋ぎ服に身を包む怪物、否、怪人の姿だった。蒼く腰まで伸びた髪、顔を被う猛禽類のようなマスク、なにより彼に恐怖を与えたのは両肘の先から生えている生々しい翼である。
その翼が羽ばたく度に羽根が舞い散り視界を白に染めてゆく…
「情けない声を出すな…」
鳥の怪人は静かに呟くと、凶悪な形をした爪が並ぶ足を若者に突き出しがっちりと掴む。服は裂け身も引き裂かれるほどの強さで爪は肩に食い込み若者の身体を離さなかった。次第に彼の身体は持ち上げられ宙に浮く。
手綱を握る騎手が離れた馬が自由に走るように、彼が運転していたバイクも速度を徐々に緩めながら直進し、林の中へ進入して無惨に横転した。
が、若者からしてみればそんなことはどうでも良かった。彼がいま体感している痛みは激しく、身体の隅々まで走るような衝撃を伴う代物でバイクのことを気に掛けている余裕など微塵もないのだから。
最初のコメントを投稿しよう!