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痛みで気を失ってしまいそうになりながら若者は足掻く。だが、足掻けば足掻くほどに爪は身体に食い込み肉を引き裂くのだ…
「哀れな不適合者よ…キミに相応しいのは死のみだ。」
『怪人』は若者に告げると翼を羽ばたかせ、上空へと高度を上昇させる。その様はまさに獲物を捕らえた猛禽類となんら遜色がない。
「ひッッひぃ…ひぎゃぁぁぁぁぁ…ッッ!!!?」
長閑を通り越した静か過ぎる林道に響く若い男性の恐怖に染まる叫び声。断末魔とも取れる悲痛な声を聞くのは雄大に広がる林と、山々、そして夜空のみ…
「…ん?」
外から何か聴こえたのか、男は窓から外を眺めた。アパートの2階、周辺にあるのは舗装されていない林道のような道路に林と山々のみ。
なにかあればすぐに判明するものであるが、男の視界にはこれといって異常なモノは映っておらず、見馴れたいつもの風景が広がっている。とまれ時刻はすでに夜8時。確認出来る範囲などたかが知れているのだが…
いつも目にしている風景。刺激も何もない場所。良く言えば静かで過ごしやすく、悪く言えば過疎地だろう。もちろん街に繰り出せばそれなりに充実した楽しみも得られるのが事実なのだが如何せんここから街まではかなりの距離がある。
(気のせいか?さっきの単車の音かも知れない。)
羽虫がたかる窓硝子に嘆息をついて彼はカーテンを閉める。この周辺は良くも悪くも自然が多いため夏は過ごしにくい。気温が涼しい訳ではないのに林に囲まれているため、羽虫がわらわらと窓周辺に集まってくる。
しかも不幸なことに現在このアパートを利用している住人は彼のみなのだ。
周囲にはない鮮やかな明かりが虫たちを呼び寄せるせいで窓を開けることが出来ない。エアコンもなく扇風機だけでは暑さを凌ぐのは難しいのが現状だった。
今日は茹だるような暑さではないのがせめてもの救いか、と男は頷くと腰を上げて壁に掛けていたシャツを羽織ると部屋を出るための準備を始める。
と、
「た……助…く…」
玄関の戸を開けた時だった。外から聴こえてきた謎の呻き声。良く聞き取れなかったが恐らくは助けを呼ぶ声。男は急いで玄関を開けると声の主を確認すべく階段を駆け降りた。
階段の側に一本だけ立つ外灯、弱々しい明かりに照らされていたのはズタボロの服を血に染めた若い男性の姿…
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