桜色

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「いいえ、ありません。そちらはありませんでしたか」 同じ事を今度は市助が聞く。女はその言葉に頷くだけであった。 「そうですか。それではこれで」 女の名前を聞く勇気もなかった市助は、そのままその場を立ち去る。 女も市助が今まで歩いた方向へ、歩を進める。 市助はふと振り返り女の方を見た。海老茶色の行燈袴に垂れる髪。 市助にとってそれは一際輝いて見えた事だろう。 もう会う事もないだろうと市助はその後姿を、しっかりと目に焼き付けるかのように見続けた。
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