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本当は、貴方はテニスが大好きでした。
貴方はカッコつけでした。
貴方は周りから人気者でした。
貴方は成績がとても優秀でした。
貴方は特に数学が好きでした。
貴方は優しい人でした。
貴方は真っ直ぐな人でした。
貴方は素敵な人でした。
「ただ…」
「ん?」
「恋人、とかいたのかなぁって…」
「・・・・・」
貴方の恋人は、私でした。
貴方がすごく好きでした。
「どうなんだろうね…解らない」
「そうか…」
私は花瓶を掴む。
枯れた花。
雅史が記憶をなくしてからいつも持ってくる花。
「私、花瓶変えてくるね」
「あ?…あぁ…それ、何て言う花?」
「…パンジー…」
「…花言葉…なんて言うん?」
「さぁ…忘れた…」
いたたまれなくなって私は病室を出た。
水道の前で花瓶を洗い、枯れきったパンジーから新しいパンジーを入れ換える。
ボスッ
枯れきったパンジーをごみ箱に捨てると、
いつものように涙がにじんだ。
早く戻らないと雅史がまた私を忘れてしまう。
「…っ…」
新しいパンジーの入った花瓶を抱きしめて、枯れきったパンジーを見つめた。
「…まさ…しぃ…」
霞んでぼやける。
「私を、想って…」
それがパンジーの花言葉。
願いを込めて、何度この花を生け贄にしてきたんだろうか。
それでも叶う事は叶わない。
「……思い出して……」
貴方が、優しい人だった事を。
貴方が、好きだと私に言った事を。
貴方が、私に笑いかけてくれた事を。
貴方が、私を抱きしめてくれた事を。
貴方が、私にキスしてくれた事を。
貴方に、私が好きだと言った事を。
「雅史…愛してる…」
止まった涙を確認し、私は病室に戻っていく。
開ける。
ガラリと冷たい廊下に響いた。
「はじめまして」
私の手には、花。
私を思い出してください。
そして、想ってください。
私の手には、花。
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