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私がおばさんと病室に入ると、やっぱり雅史の姿も、誰の姿もなかった。
がらんとした個室の中に、ただ枯れきったパンジーが入ったままの花瓶が置きっぱなしになっていた。
痛い。
おばさんはゆっくりと病室の中を進み、ベッドの脇の引き出しの一番上を開けた。
「これ、貴女あてなの・・・」
そういって差し出されたのは真っ白い封筒。
震える線で「最愛の君に」とだけ書かれていた。
「・・・本当は、記憶喪失じゃ、なかったのよ・・・」
「・・・・え・・・」
咽が張り付くような感触がする。
空気がカラカラに乾ききって、息を吸っても吸っても吸った気にならない。
「本当は、余命宣告されて・・・それで・・・」
おばさんは嗚咽を漏らし始めて、しゃべれなくなってしまった。
「とにかく、読んでみたら、分かるかもしれない・・
ごめんなさいね。
しばらく席をはずさせてもらうわ。」
ふらふらと病室を出て行くおばさんを見送った後、
私は意を決して封筒を開けた。
そこにはルーズリーフが6枚。
それと・・・
「・・・鍵?」
小さな鍵が入っていた。
その鍵がどこの、なんの鍵か分からなくて・・・
少しずれて折られてしまっていた手紙を広げる。
「・・・・・」
震える字・・・
本当は几帳面な雅史。
手紙だって本来なら端と端をあわせてきっちり折っていただろう。
字だってこんなに汚くはなかった。
それほど、
腕が動かなかったんだろう。
それでも、
それでも書いたんだ。
「最愛の君へ」
手紙を読み始めた。
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