大晦日を終えたばかりの夜、

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時間は一時を回って、 私は炬燵から脚を抜き、 夜食を作りに立つ君の側へ、 そそくさと寄るのでありました。 「ああ、おにぎりかい」 「ごめんなさいね。お米しか、使えなくって」 「構わないよ」 「今日買ってきたのは、明日に使う予定なんです」 「そりゃあ、朝から豪勢になりそうだね。楽しみだ」 「元旦ですもの」 ふふ、と彼女が微笑います。 ふたつの手の、どれも細い指に白いのを挟み、 山の形に固めていく、 そんな作業は止まりません。 「こっちの皿にあるのはもう、出来ていますから」 彼女が陶器の器に並んだお握りに目配せをしました。 持っていって、先に食べていてと言いたいのでしょう。 私はしばらく黙ります。 ふと、 思うことがあったのでした。 「どうしたんです?」 動かない私を不思議がった彼女が、握り終わった最後のひとつを皿に置いて振り返りました。 向き合って、何か言いたい気持ちになったのですが、 それを伝えるに適す言葉が見つからず、聲の糸に綴ることが出来ないでいました。 「あなた?」 穏やかな彼女は二度尋ねます。 塩の付いた手を水で綺麗に洗ったのを、麻の布巾でまた丁寧に拭いて、 もう一度こちらを見上げます。 悪戯を仕掛ける前の子供の笑顔をし、 こちらへと冷たい手を伸ばしてきたので、 私はすかさず羽織を脱ぎ、 その子供の小さい肩にばっとかけたのでありました。 「ん」 「これを着なさい」 「なんですか」 「冬は冷たくなるのが早い」 「そうですね、お握りが冷めてしまいます」 「君も然りだ」 ふっと、彼女が静かに顔をあげました。 それからはひたすらに、じいっとこちらを見つめてきます。 「……なんだい」 「いいえ。べつに、あなたと一緒になって、良かったなあと思っただけです」 「君はたまに、聞くこちらも恥ずかしくなるようなことを平気で言う」 「そんなあなたの照れ屋なところを、わたしは好いたのですけれど」 「……やめてくれ」 ふふふ、と小さく笑い出した君から目を背ける。思わず顔が見れなくなってしまって、私はやっぱりそそくさと居間へ戻ることにした。 「……お酒」 「ん?」 「お酒、持っていってくれませんか。下の戸棚にあります。明日出すためのものを、幾つか買ってきたの。 ひとつだけ、ひとつだけ開けてもいいですよ。今夜は特別です」
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