彼女が死んだ。

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彼女の母親と思しき女性から沈んだ声で電話がかかってきたのは一週間ほど前のこと。彼女の携帯の履歴を調べて僕にかけてきたのは、容易に把握できた。 八階建てのマンションの屋上から墜落して、ほぼ即死だったというのを聞いた。四肢が曲がり、かんばせが潰れ、冷たくなった彼女は救急車で運ばれたけれど、奇跡が起きることもなく、二度と目を覚ますことはなかった。 夜の十時二十三分。もしもし。応答しながら、ふいに目をやった電波時計。僕にとって彼女は、その時刻に死んだことになる。 その日から、その晩から、狂いのない時刻が脳裏から焼き付いて離れたことはなかった。毎朝目が醒める度その時刻が思い浮かぶ。いつも必ず。それは夢なのかもしれない。幻覚なのかもしれないし、頭のもとで鳴り続ける六時半のアラームの針を錯覚しているのかもしれない。 あと何十日、同じ幻を視るのかはわからない。誰にも何も告げずに、ただ導かれるように其処へ、世界の底へ飛び込んだんだろう。女子高生が父親を刺して自殺なんて物騒だなあ。他人事みたいな感覚。けれど同時に胸のなかに満ちてきた疑いがある。 僕は彼女を愛していたのかも知れない。今朝、そう考え始めるようになった。 だからもしかすると、僕は壊れているのかも知れない。それは僕のなかでとても理にかなっている。 僕はあの日の午後十時二十三分で停止したままなのだ。だからずっとあの幻が頭を離れないで、君のことばかり考えてる。 今朝はベルトコンベアで運ばれる夢をみた。ついていかない思考。薄い膜のなかで外を見ている感覚。君を置き去りにしたままで僕は進んでいく。振り返ってどうしてかと考えたら、叫びだしそうになった。 そうか君は死んだんだった。死んじゃったんだった。そう理解したら叫びそうになった。 鋭利で深く突き刺さる現実のいろはあまりに鮮やかすぎて吐き気がする。思い知って忘れてまた思い知って、その繰り返しだった。 僕は彼女を愛してたのかもしれない。でも気付くのは遅すぎた。肝心の君がいない。もう笑えてしまう。 跳んだってきっと彼女のもとには行けないだろうから、気が済むまで泣くことにした。今日は学校を休むことに決めた。 『あの子、父親から虐待を受けていたんですよ』 世界はいつだって僕の見えない部分でいびつに歪んで、腐ってる。 『あなた宛ての手紙を預かってるんですよ』 でも僕は歪んだ君を愛してた。
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