先生。

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冬休みというものに入って、久々に実家へ帰る。昼過ぎまで家族と他愛ない話をしたあと、ふと思い立ち、しばらく使っていない自室の本棚の整理をはじめた。 棚は馴染みのあるもので、ところどころに傷がある。整理に取りかかりながら、時々おかしなことや面白かったことを思い出してはひとり笑いを堪えた。 ふと目に留まったものに、赤茶色の革のカバーがされた本がある。なんとなくそれを開いてみると、一枚の手紙がひらひらと宙を舞い、わたしの足元に着陸した。拾い上げて中身を見てみると、すぐにそれがラブレターであるのがわかる。それは中学を卒業する間近に、当時熱をあげていた担任の若い国語の教師にあてたものだった。 ○○先生。 突然こんな手紙を渡されて、困っているでしょうか。 ごめんなさい。 でも、卒業する前に、どうしても伝えたいことがあるのです。 そんな文面から始まった手紙の内容は、うら若い少女らしい、恋に対する戸惑いや怖さゆえの謙虚さ、そして若さゆえの積極性が詰められたもの。 先生。 好きです。 大好きです。 吐き出すように、そう何度も、何度も書き綴った記憶が、頭の縁におぼろげながら残っている。 ――ああ。そういえばあのときわたしは、とても若かった。 好きと公言することに、豪語することになんの躊躇いもなく、その時そう言うことによってどんなことが起きるか、どういった影響を及ぼすかなど、そんな計算なんて微塵もしなかった。 駆け引きも妥協も見栄も知らない子供で居た時は、あんなに素直に認められ、全力で行動に移せた感情。情熱をすべて傾け、彼を好きで居続けた鮮やかな時間。 手紙を渡せないまま、趣味の悪いペンキで装飾された校門とさよならをしたわたしは、穏やかな日々を積み重ねながら、いつしかこんなにも彼のことを忘れてしまっていたんだ。 先生。 先生。 大好きです。 そうだった。わたしは彼のことが大好きだったのだ。 感情が蘇って、涙が出た。震えがした。こんなに好きだったのに。忘れてしまっていた。隙間を別のもので埋めようとして、結局彼の存在が空けた穴が塞がりはしなかったのに。 手紙を渡しに行こうと思った。住所はおそらく、昔彼から送られた年賀状からわかるだろう。迷惑かも知れない、もう居ないかもしれないという考えがよぎる。けれど、迷いはすぐに晴れた。 そうして、わたしは寒空の下に出る。十二月二十八日のことだった。
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