二、奇談の一 猫又

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 小さな呻き声は、やがて猫が心地良い時に鳴らす喉音に変わりはじめた。  ごろごろごろごろ…  鳴り続く金剛鈴の響きと、称え続けられる真言に包まれて、猫又は安らかな表情になり、その大きな体も小さくなっていった。  『五百年…、妖となってから五百年― こんなに安らかで落ち着いた心持ちになったのは初めてかも知れぬ…。  小童よ、今まで儂を退治しようとした者は数真ぬ。』  猫又の姿は、すでに普通の猫と大差なくなってきていた。  『小童よ、儂は今、飼い主に抱かれている気分じゃ…。』 りーん ちりーん  伸太郎の指が動き、組まれた印が変わる。 胎蔵生大日如来の印に組み変え、真言を称えはじめた。  「おん、あびらうんけん、ばざらだとばん。」  大日如来は全ての生命が生まれ、また還る場所、「涅槃(ニルバーナ)」を人格化したもので、金剛界大日如来の智恵と一対になって慈悲を司る。
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