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まずは測量から始められ、高さ十メートル、基底部の一辺は約六十五メートル、それぞれの辺はほぼ正確に東西南北に合わせられた方墳状とわかった。
また、単なる方墳ではなく、下の方墳の上部に直径五十メートルの円墳が乗った、いわゆる上円下方墳であろうと判定された。
また、方形部の外側には幅約五メートルの周溝が一部現存している事も判明し、東日本最大級とされる、埼玉県川越市にある山王塚古墳を凌ぐものではないかと見学者達に説明された
「うお~、凄いなぁ。
こんな立派な古墳の発掘に立ち会えるなんて幸せだぁ。」
感動と興奮に打ち震える伸太郎とは逆に、宗太は少しつまらなさそうな顔をしている。
「早く発掘始まらないかなぁ。」
宗太が呟くと、伸太郎が言った。
「もしかしたら、今日はファイバースコープで中を見るくらいかもね。
竪穴式か横穴式かにもよるけど、上円下方墳なら六世紀後半から七世紀のものだから、多分横穴式だと思うんだ…。」
伸太郎のせっかくの説明も、宗太には珍糞漢糞である。
地下探査機によれば、やはり横穴式で古墳の入り口は北側にあるようだった。
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