二、奇談の一 猫又

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伸太郎はニカッと笑うと、ベッドから立ち上がった。  「起きるには、まだ随分早いけど、音楽を聴きながらコーヒーでも飲もうかね。」  CDの並んだラックから伸太郎が選んだのは、モーリス・ジャンドロンの演奏によるチェロ小品集だった。  音量を絞って演奏ボタンを押すと、伸太郎はキッチンへ向かった。  高校生の一人暮らしにしては、よく整理整頓されたキッチンで、ポットをコンロにかけて沸騰するのを待った。  湯が沸くと、火を弱めてドリッパーにフィルターをセットして、キリマンジャロの粉を入れ、全体に万遍なく少量の湯を注ぎ、一分程蒸らす。そして中心から円を描く様に一定量の湯を注いでいく。 これを三回繰り返すと、丁度カップ一杯分のコーヒーが出来る。  「よし、今回も上手に出来た。」  香り高いコーヒーが出来て、伸太郎は満足だった。  コーヒーの入ったカップを持って自室へ戻ると、ベッドの端に腰掛け、一口飲んだ。  CDは三曲目のラフマニノフ作曲、ボカリーズが控えめに鳴っていた。  「で、鳴滝彦。 その猫又はどの辺りに出たんだって?」  手持ち無沙汰にふわふわと漂っていた鳴滝彦は、待ってましたとばかりに話し出した。  『それがですね、鳴滝不動尊裏の塚山らしいんですよ』  それを聞いた伸太郎は、少し呆れたように言った。  「あそこも寺のわりには、妖やら何やら、よく出るねぇ。」  二人は顔を見合わせてクスクス笑った。
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