二、奇談の一 猫又

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それから数日経った深夜の事である。  『伸太郎さん…』  鳴滝彦である。 伸太郎は文句を言う事なく目覚めた。  「鳴滝彦、何か掴めたかい?」  言いながらベッドの上に起き上がり、サイドテーブルから眼鏡を取った。  『今夜あたり、出そうな様子らしいんですよ。』  神妙な表情の鳴滝彦とは対照的に、伸太郎はゆっくりとベッドから立ち上がった。  「それじゃ、猫又退治にでも行きますか。」  伸太郎はジーンズとシャツにしては着替えると、数珠、独鈷杵と言われる密教法具、略式の輪袈裟が入ったウエストポーチを取り、水晶の摩尼宝珠の横に置いていた水晶の勾玉を首に掛けて玄関を出た。  伸太郎と鳴滝彦は、鳴滝不動尊の前まで来ると、閉まっている山門に向かって一礼し、伸太郎は不動明王の印を結び、慈救呪(じくしゅ)と呼ばれる真言を称えた。  「のうまくさんまんだ、ばざらだん、せんだ、まかろしゃだ、そわたや、うん、たらた、かん、まん。」  真言を称え終わった伸太郎の後ろで、鳴滝彦は感慨深げに口を開いた。  『ここで、私は伸太郎さんと出会ったんですよねぇ。 伸太郎さんと出会わなかったら、私はいつまでも不成仏霊としてさ迷っていたんですね。』  鳴滝彦の言葉に伸太郎は応えた。  「そうだったね。 千年を経て、自分の本当の名前すら忘れちゃってたんだもんなぁ。 辛うじて、外見と人格を保っていたから、護法童子になれたんだよねぇ。」  鳴滝彦という名は、伸太郎がこの不成仏霊の少年を護法童子にした時に付けた名前であった。
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