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凛がちらりと猛を見て俯いた。
「あの、こんな変な女が側にいてすみません」
事実だ。
何と答えていいか解らず黙っていると、凛が強く見つめてくるのを感じた。「何なんだこいつ…」猛は気が付かない振りで必死に雑誌に見入る。厭な空気だ。
「どうやったら好きになって貰えますか?」
「ぇと…何て?」などと誤魔化せないくらい狭い店内、凛の声はやけにはっきり響いた。無視しようと思っていたが、長い間凛に見つめられ仕方なくため息混じりに雑誌を閉じた。
「あのさぁ、昨日で大体解ったと思うけど、俺、女に興味ないのよ」
久しぶりに口に出す自分の特徴に、猛自身も打ちのめされそうになる。 凛は黙っている。
「…どうして髪、切ったの。そんな事しても俺は君になびかないよ。服もそうなの?男のふりしたいの?」
猛自身驚く位に冷たい声が出ている自覚があった。気付かないうちに「女」そのものに嫌悪感を抱くようになっているのかもしれないと、他人事のように思う。
しかし、凛は怯む事なく真っ直ぐに猛を見つめていた。暫く考えて、凛は口を開いた。
「好きです。出来れば吾妻さんを私のものにしたいです。」
「今の話聞いてたのかよ」とイラつく猛に凛は続ける。
「もし、髪を切ったくらいで好きになってもらえる可能性があるんなら、坊主でもいいです。…でも、残念ながら今回は唯の自分の意思です。」
キッパリ言いきった凛に「へぇ」と気の抜けた言葉を返し、再び雑誌を広げた。
「吾妻さんには感謝してます。私、もう少しで一番なりたくない人間になるところでした。髪を切ったのは、つまりはそういう事です」
凛を見ると、もう視線はアロマテラピーの本に移っていた。
空が少し明るくなると、凛は素早く身支度をして、折り畳んだパイプ椅子を猛に手渡した。軽々と。ついでと言わんばかりにカウンターにミカンのパックを置いていく。要らないと返そうとするが「顔色が悪いのでビタミンとってしっかり休んでください」と押し付けられた。「では」と凛が店を出た後、押し付けられたミカンを捨てようかどうかゴミ箱の前で迷っていると、店のドアがガラリと開いた。
凛が顔を覗かせている。「何か」と声をかけようとする前に、ニカッと凛は微笑んだ。
「好きです」
一言残してまだ強い雨足の中へと消えていった。
はにかんだ赤い頬に散ったそばかすが、暫く猛の頭に焼きついていた。
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