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猛が100円玉を返し忘れた事に気づいたのは店を閉めてからだった。どうもレジの中身が合わないと思っていたら、お釣りを渡した際にうっかりレジの中に仕舞っていたらしい。
いつか来るんじゃないかと置いていたら、案の定、2日後に凛は訪れた。お盆までかと思っていたバイトも、店を人に任すという楽チンさに味をしめたのか、店長の希望で引き続き番をしている。流石にもう1人バイトを増やしてくれたが、猛が殆ど毎日、8時半から18時まで店に居ることに変わりはなかった。
始めは1日おきに来ていた凛も、猛が夕方までみっちり店にいる事を嗅ぎ付けてからは毎日、しかもひどいときには1日2回通うようになった。
猛はというと、次のバイトを探していた。もうそろそろ秋だ。涼しくなったら店長達が販売を開始する予感がする。新人も短期バイトとして雇われたそうだ。所詮夫婦が経営する小さな書店だ。そうすれば猛は用なし。いくら独り身でも、生活する金は必要だし、貯金ばかり切り崩しても人生は長い。できるなら誰にも迷惑をかけないで生きていきたい。
やりたいことも特に無い。誰に必要とされる事もない。自分はこのまま、ひっそりと歳をとっていくんだろうと猛はぼんやり考える。
その点、凛はいつでも楽しそうだった。始めは猛に色々質問していたが、面倒になると返事をしない猛の性質に気付いた後は、仕事の話や趣味の本やガーデニングの話を一方的に話すようになった。しかも何故か手料理持参で。
当初ゴミ箱へ消えていた料理も、酷く空腹な時出来心で口をつけてしまったら意外と旨い。以来、捨てるのはやめ、時々敦気とも食べている。敦気にいちいち説明するのが面倒だったので「お節介なおばさんがいて気に入られている」と伝えると、何の疑いもなく「モテる男は困るねぇ~」とおどけて笑っていた。
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