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この日、日課の「好きです」ではなく「いつか襲わせてください」と残して凛は帰った。
終わるまで待ち伏せされたりすればもっと警戒するんだろうが、いつも凛はあっさり帰る。長い間居るようでも、凛が店に居るのは実質15分から30分程度。大体何か一品は買って帰る。お客がいるときには話さないし、料理と小声の「好きです」だけ置いて帰る時もある。まあ、薬にもならないが毒にもなっていないという事だ。
暫くするとバイトの赤木がやって来た。赤木はカウンターの下に入った紙袋を見ると「凛ちゃん今日も来てたんですね」と顔を綻ばせた。短期バイトの赤木は大学生で、夜の部を担当している。一度赤木の事情で勤務を変わった時に、凛に会ったらしい。密かに凛に焦がれているらしく、凛について色々聞いてくるが、そもそも一方的に好かれているだけで凛について何も知らない猛には答えようが無かった。今日凛が話していた内容も、隣の庭の蔓バラがベランダから侵入してきて困っているだとか、郵便受けの書類が近所の小学生に盗まれていたとかいう些細なものだった。
「凛ちゃん~。可愛いよな~。あんなんだったら10コ年上でも全然オッケイ」
気になる単語を耳にはさんで猛は振り返った。
「え?それも知りませんでした?今年で三十路に突入とか言ってましたよ」
赤木は猛よりも多い凛情報に優越感を隠さずに猛を見据えた。
「時々俺のいるときにも来るんですよ凛ちゃん」
聞いてもないのにペラペラ喋る。
時計を見た。18時16分。猛は腰をあげた。
「じゃ、後頼む」
「ほ~い」
喋り足りない赤木を置いて店を出る。
別に急いで帰る必要もないが、居る必要もない。今日は敦気との約束もないし、完全にフリーだ。遅れて来てくれたお陰で乗り遅れずに済んだバスで真っ直ぐに自宅へ向かった。
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