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色褪せた未解決事件の犯人ポスターが貼っているドアを押し開ける。中へと続く自動ドアが開くと効きすぎたエアコンが膚を刺す。
免許更新の文字を探してその列の最後尾に並んだ。
手続きの用紙を受けとる。殆ど運転することの無かった自動車免許は今年からゴールド。何の違反もしてない自分が受ける必要が何処にあるんだとは思うが、A講習とやらを受けなくてはいけないようだ。
いつ撮られたかも解らないまま免許証用の写真撮影を済ませ、講習のある部屋に進む。
締め切られた部屋の寒いこと…
もともと貧弱な体型の上猛暑の中バス停から田舎道を歩いてきたTシャツは汗だく・ジーンズもしかり。冷えきる室内で猛の体温はどんどん奪われ、ほんの5分で気分が悪くなった。
講習が始まるまでまだ時間がある。両腕で体を包み込むようにして外へ出た。
出たら出たで外は灼熱。
まだ講習も受けていないのに疲労困憊し、俯きかげんにふらつきながら室内へ戻った。
…ふ
と、視線を感じて目線を上げると女が見ていた。
猛が見つめ返しても目を逸らす気配もない。
知り合いかと頭の中を巡らすが、女に全く見覚えはなかった。
嫌な予感がして足早に立ち去ろうとしたその矢先、先手を打たれた。
女は素早く回り込み猛の前を塞いでいる。
「あの…名前を教えてください」
猛は2、3度瞬きした。
意味が解らなくて。
何で自分が見ず知らずの女に出会い頭に名前を聞かれているのか…
偽名を名乗ろうかどうか迷っていると、女が「あづまたける」と呼んだ。驚いて一歩下がる。どうやら猛が持ってきていた更新手続きの用紙を覗き見たらしい。
「あづまさん…」
女がもう一度呟く。
…気味悪い。
猛は引き気味に女を見下ろした。反射的に俯いた女の髪がさらりと揺れて、茹で上がった首もとが明らかになる。
「何…?」
猛が声をかけると更に赤く染まった。
「…声」
もぞもぞと何か呟いている。聞き取れない素振りをすると、今度ははっきり猛の目を見て聞き取れる声で言った。
「声も綺麗なんですねっ!」
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