8月14日晴れ

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8月14日晴れ

 祭り囃子が耳鳴りみたいに響いて、今日が地元の祭りがある日だと思い出す。体育会系の恋人とはあれ以来まだ会えていない。別人のように写った免許証の顔写真を笑って欲しかったけれど、向こうも仕事では我が儘は言えない。  いや、未だに尻に残る青アザの事を考えれば、夏場に会うべき人物では無いのかも…  熱い日差しとは無縁の室内で静かに本の頁を捲る。留守を任された小さな古本屋。自分好みの温度設定がなされた店内は客足も疎ら。  休みと言えど盆。大型店舗ならまだしも、寂れた古本屋に足を停める時間など誰にも無いようだ。  店のガラス戸の前を、小学生くらいの女の子が横切る。祭りに行くのか浴衣姿で、ちりめん加工の帯が金魚のようだ。親と見られる大人が、あきちゃん走っちゃダメと追いかけていくのが小さく聞こえた。その頃には猛の視線は奥の時計で、親の姿は目に入らなかった。閉店まで後4時間。お盆期間中は18時に店を締める約束になっている。  赤い帯で、あの女を思い出した。  結局どこの誰かも解らなかった赤い顔の女。初めて会ったと言うのに、顔一面に「あなたが好きです」と書いてあった。あの女を思い出す度、羨ましいような、うざったいような、微妙な色の雲が腹の中で渦巻く。  女。  女は、女であるだけで男に受け入れられると思っている。全部の女がそうではないだろうが、大半の女がそうであろう。 その傲慢さが鼻につく。  好きだと告げて、唾を吐きかけられたことなどないだろう。  苦い思い出がぶり返し、唇を噛む。  恋人に女の事は言わなかった。笑い飛ばされるのが目に見えている。  恋人は、不自然なほど自分を信じている。   考えないように、興味もないタウン誌に目を落とし、時間が過ぎるのを待った。
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