暑中見舞い申し上げます

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「暑いね」 珍しく弱音を吐いた利吉さんに少し驚いて、ぼくは筆を休めて思わず振り向いた。 確かにこの事務室兼僕の部屋は若干風通しが悪くて、外より少しばかり蒸し暑いような気がしなくもない。 「そうですかぁ?」 「少なくとも、私はそうだよ。」 驚いている顔をしているであろうぼくを見て利吉さんは一瞬そのしかめっ面を解いてくれた。 でも瞬きが終わった頃には、パタパタと手を扇子の様に扇ぎながら恨めしそうな表情を携える形に戻ってしまっていて、ぼくは少し残念に思う。 「この位、都と比べたら可愛いものじゃないですか…こんなので根を上げたらお兄ちゃんに笑われちゃいますよ?」 「…君の家はそうかもしれないけど、生憎私の地元は高原で夏は過ごしやすい気候でね。夏の暑さにはまだ慣れていないんだ。つまり、あまり得意じゃない」 「そうなんですかぁ…にしても暑いのが駄目なんて、風情がないですねぇ」 四季折々の気候を楽しむのが粋ってもんでしょう?と漢を語ってみても、利吉さんの表情は硬くなる一方で若干怖い。 けれど、そんな利吉さんの首筋辺りを見ると欝すら汗のが滲んでいて。 僕は利吉さんの思わぬ弱点を見付けたみたいで嬉しくなる。 「何ニヤケてるの?」 ため息混じりのその声も今の僕には所謂負け犬の遠吠えみたいに聞こえているんですよ。 なんて事は口が裂けても言えないけど、何となく嬉しく感じてしまう。 そんな少しばかり良い気分の僕の両肩に、利吉さんはいきなり手をかけてグイッと顔を近付けて来た。 待って、利吉さん、これは… 「え!あの、り、利吉さ、か、顔が近いです…よ?」 「うん、近いね」 (あぁ、駄目、これはマズイよ) 利吉さんがフリーのプロ忍者な顔をしてるじゃないか。 大体僕の前でこういう顔をする時は、僕に何か良くない事が起きるって相場が決まっている。 慌てて後ろに下がるけど、壁と利吉さんに挟まれて、反対に身動きが取れなくなってしまった。 予想通り、利吉さんの顔がどんどん近付いて来る。 「本当に近いですってば…!」 利吉さんの瞳の中に茹蛸みたいに真っ赤になって慌てている自分の姿が見えて、更に心臓が跳ねたのが分かった。 鼻に自分のものじゃない息が掛かるのも感じる。 唇にも。 (あぁ、もう…) 条件反射的に僕は瞼をゆっくりと閉じて……
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