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「て、駄目ですっ!!仕事中です!!!」
危うく流される所だったけど、まだ仕事が残っている。
ぼくは利吉さんを遠ざけようと思いっきり手を突き出した。
スカッッ
ドササッ
でもぼくの手は虚しく情けない音を立てて空を切っただけで利吉さんに届く事はなくて。
その上勢い良く飛び出したぼくは止まり方を知らないように、そのまま体を床に叩きつけてくれた。
「痛ぅっ…」
「恋人より仕事優先なんて情緒の欠片も風情も無いのはどっちだい?小松田君?」
トンッと余りに軽い音を立てて、目前に突き放す予定だった人物が着地した。
くっくっと喉の奥で笑いながら利吉さんは僕の前で悪戯っ子のような顔を従えてしゃがみ込んでいる。
「…からかわないで下さいよ…!」
「ごめんね」
「ごめんじゃないです…」
今度はぼくが呆れ混じりのため息をついてしまう。
本当、利吉さんは時々子供みたいな事をするから困る。
ぼくは体をユックリ起こすと机の前に戻った。
「もう利吉さんなんて知りません!」
そう言うとぼくはやり途中だった書類整理を再開させる。
すると、いく秒も経たない内に、背中に暖かいものを感じた。
利吉さんがぼくに寄り掛かってきたのだ。
「……暑いんじゃなかったんですか」
少し怒ったような声色で問うと、背中がくっくっと揺れる。
「君が言ったんだろう?暑さを楽しむのが風情だ。ってね。どうせなら…」
しっかりと嗜むのが、粋ってやつだろう?
そう続けると利吉さんは僕の肩にしっかりと腕を回していた。
しっとりとした肌が何だか心地良くて、ぼくは書類から天井へと視線を動かす。
それを合図に、利吉さんの腕が少しずつ下にズレてくる。
「…ぼくが暑いの嫌いになりそうです…」
「書類整理は、後で私も手伝ってあげるよ」
「こういう時に仕事の話するのは無粋なんでしょう?」
「これは一本取られたかな」
なんて話していたらいつの間にか床と利吉さんに体が挟まれていて。
熱い利吉さんと対照的なヒンヤリとした床が凄く気持ちが良い。
(あぁ、これがお兄ちゃんが言ってた風情ってやつなのかなぁ?)
なんて思いながら、僕は熱に浮かされていった。
暑中見舞い申し上げます。
(本当はね、暑いのは好きなんだよ)
(だって、君がいつも以上に綺麗だから)
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