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ザックは、そのまま更に猪を自分に集中させ、引きつけた。
カメラを近くの木の枝に吊し、姿勢を低くする。
臨戦態勢のザック。
猪突猛進の猪。
人間と同じく、猪もまたアセンションを遂げている。その力は並ではない。
端から見れば優劣は明らかだった。
だがザックは、猪の突進を、風に吹かれる柳のような身のこなしで受け流していた。
その光景は、周りで揺れる葉の動きと調和し、美しくすら感じられた。
兄弟二人は揃って感心し、恐怖を飛ばし歓声を送る。
ザックの舞いは更に続いた。
猪の突進を寸でで避け、同時に右拳を素早く突き出す。
それは、見事に猪のわき腹を捉えた。
後ろからは、喜び叫ぶ兄弟の声が聞こえてくる。
クリスタルの力なら、猪といえどまともに受けたらひとたまりもない。
シェイン達は、勝利を確信していた。
「あれ…?」
ひとたまりもない…はずなのだが、猪からはさしたる打撃は見られない。
むしろ、ザックの方が苦しい表情を浮かべているように見えた。
異変はそれだけではない。
「身体が…」
ザックの身体が透けている。
その時シェインは、先刻の勉強を思い出した。
(――バイオレットはクリスタルとは違い、肉体と共に、魂の進化をより進めた者。故にその力は魂の力を引き出せる。)
と、思い起こしていた最中、シェインの耳にカインの短い叫びが入り込む。
ザックを諦めたのか、猪は振り返り、シェイン達を見据え突進を始めたのだ。
「危ない!」
叫ぶと同時、ザックは動いた。
猪の突進に、二人は思わず目を瞑(つむ)り座り込む。耳に入る猪の足音が、より恐怖を加速させた。
だが、その足音は急に止んだ。
気になり、恐る恐る目を開ける。
途端、二人は驚愕の声をあげた。
猪が宙に浮いていたのである。
猪は、巨体に見合った見事な音をたて地面に落下し、そのまま意識を失った。
「魂の力に依存する者は、旧世代でいうサイコキネシスを扱える。それが…」
シェインが話す最中、ザックがそれに続き言った。
「それがバイオレット。実施勉強みたいになっちゃったね。」
ザックは苦笑した。
森の木々は、何事もなかったかのように、涼しげに揺れていた――
第一話「アップ・ザ・ロード」 完
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