■第一話「アップ・ザ・ロード」

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ザックは、そのまま更に猪を自分に集中させ、引きつけた。 カメラを近くの木の枝に吊し、姿勢を低くする。 臨戦態勢のザック。 猪突猛進の猪。 人間と同じく、猪もまたアセンションを遂げている。その力は並ではない。 端から見れば優劣は明らかだった。 だがザックは、猪の突進を、風に吹かれる柳のような身のこなしで受け流していた。 その光景は、周りで揺れる葉の動きと調和し、美しくすら感じられた。 兄弟二人は揃って感心し、恐怖を飛ばし歓声を送る。 ザックの舞いは更に続いた。 猪の突進を寸でで避け、同時に右拳を素早く突き出す。 それは、見事に猪のわき腹を捉えた。 後ろからは、喜び叫ぶ兄弟の声が聞こえてくる。 クリスタルの力なら、猪といえどまともに受けたらひとたまりもない。 シェイン達は、勝利を確信していた。 「あれ…?」 ひとたまりもない…はずなのだが、猪からはさしたる打撃は見られない。 むしろ、ザックの方が苦しい表情を浮かべているように見えた。 異変はそれだけではない。 「身体が…」 ザックの身体が透けている。 その時シェインは、先刻の勉強を思い出した。 (――バイオレットはクリスタルとは違い、肉体と共に、魂の進化をより進めた者。故にその力は魂の力を引き出せる。) と、思い起こしていた最中、シェインの耳にカインの短い叫びが入り込む。 ザックを諦めたのか、猪は振り返り、シェイン達を見据え突進を始めたのだ。 「危ない!」 叫ぶと同時、ザックは動いた。 猪の突進に、二人は思わず目を瞑(つむ)り座り込む。耳に入る猪の足音が、より恐怖を加速させた。 だが、その足音は急に止んだ。 気になり、恐る恐る目を開ける。 途端、二人は驚愕の声をあげた。 猪が宙に浮いていたのである。 猪は、巨体に見合った見事な音をたて地面に落下し、そのまま意識を失った。 「魂の力に依存する者は、旧世代でいうサイコキネシスを扱える。それが…」 シェインが話す最中、ザックがそれに続き言った。 「それがバイオレット。実施勉強みたいになっちゃったね。」 ザックは苦笑した。 森の木々は、何事もなかったかのように、涼しげに揺れていた―― 第一話「アップ・ザ・ロード」 完
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