■第一話「アップ・ザ・ロード」

5/9
前へ
/822ページ
次へ
――その日は晴れ。空気が暖かく、いつになく気持ちのいい日だった。 いつも移動に使う「自転車」という器具を軽快に走らせ、ザックは山中を駆け巡っていた。 ここは何度か足を運んでいた場所である。 肩から小さなカバンをぶら下げ、坂を下っていく。 ふと見晴らしのいい場所を発見、自転車を止め深呼吸。 肩から下げたカバンからなにかを取り出し、顔の位置まで引き寄せる。 それは、乾いた短い音を出し、広い空間を響き渡らせた。 (――いい感じに撮れたな。) 眼前の広がる、澄んだ空と森の緑が、手にした物に映し出されていた。 それはかつて「カメラ」と呼ばれていた物。進化とともに消え去った旧世代の撮影機器である。 ザックは、時代錯誤とも言えるカメラを手に、美しい景色を撮る「写真家」だった。 山は自然の宝庫。いつ来ても、別の表情を覗かせてくれる。 上機嫌なザックは、どんどん山深くを進んで行った。 だが… それがいけなかった。 澄み渡った青空が、みるみる内に暗くなり、ザックの心も暗くなる。 数時間後、辺りは闇に包まれ、山は「雪」に覆われた。 あっという間に降り積もる雪は、ザックを完全に孤立させた。 自転車を置き、歩いて帰ろとしたのだが、結果は―― ――――――――― ――「あの時はさすがにもう駄目かと思いましたよ。」 力尽き、倒れたザックを、レリクが見つけ助けだした…という流れなわけだ。 この世界に生きる住人にとって必須といえる行為、「天気予知」をおろそかにしたが故の事故… 本来ならば馬鹿にされても文句は言えない事だった。 地球は、宇宙にある「フォトンベルト」という高エネルギーの光の帯に包まれている。当然それは地球の気象を大きく変化させた。 空気中がフォトン(光子)で満たされた地球は常に光に、暖かさに包まれている。 そんな環境では寒さは無縁。だがまれに、空気中のフォトンが消滅し「夜」という現象が起きることがある。 夜は温度を低下させ、雪を降らすこともしばしば。そして夜はフォトンをエネルギーとしている生命にとっても過酷なもの。ザックはその過酷な環境に巻き込まれたのだった。
/822ページ

最初のコメントを投稿しよう!

266人が本棚に入れています
本棚に追加