その一 荒川正也の場合

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男は勢いよくドアを閉めると、ゴミ袋を手に駆け出す。 「忙しそうですね、荒川さん」 ごみ収集所で大家に話しかけられた男、荒川正也は苦笑する。 「えぇ、ちょっと、会社の方で早く来るように言われていまして」 正也はゴミを指定の場所に置くと、視界に入ったものに顔をしかめた。正也は身を屈めてそのゴミを拾ってみる。 「人形?」 首を傾げる正也に向かって大家が、 「そういう趣味のあるのですか?」 と、不思議そうな眼を向けていた。正也はたじろぎ、 「いや、そういうわけでは……」 大家に説明しようとしたが、時間がないことを思い出した。 「時間がないのですみません!」 正也はそういって駆け出す。手に人形を持ったままだったというこの気がついたのは乗車駅についてからだった。
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